職人と言葉とモダン神棚について。


現代は言葉に溢れています。
SNSやYoutubeでは、多くの人が日々もの凄い量の言葉を紡ぎ出しています。
そしてネットの中では毎日のように「炎上」が起こっているらしいですが、そういった騒がしい事は苦手です。

職人も、雲形のモダン神棚をネットで販売するので、言葉を使って説明してます。
祈り雲のウェブサイトを見て頂くと分かりますように、商品説明からこだわりまで書いています。
それは最低限必要な事だからであって、職人としてやるべきことは、やはり「作る事」であるのは言うまでもありません。

ものを作っていると、言葉の限界を知ることが多いです。
言葉の限界など誰もが知っていますが、手仕事の世界にいると特に感じます。

例えば、「本物のものづくり」とは何なのでしょうか?
それを言葉で明確に定義することはできません。
この時点で、言葉の限界を知るには十分かも知れませんが、
さらに、手を動かして木を形にしていく工程では、言葉にならない感覚的な活動の連続です。
そんな、言葉とは無縁の世界から出てきたものに、言葉にできそうな部分を探してはくっつけるようにして説明をするわけですが、
本質は決して言葉の世界にはない、という認識が職人には染みついています。
でもそれは、言葉の中に何も期待しないというだけであって、
日々、より良いものを作る目的に向かって前進している感覚は普通よりあると思います。
皮肉にも、前進のきっかけというのは言葉によってもたらされる事も多く、例えば先日、祈り雲を購入してくださった方から、
「幸せな気分になる」
というレビューを頂きました(レビューは商品ページで閲覧できます)。
「本物」とは、究極的にはそういう話だと思います。
神棚とは、きれいに仕上げれば本物になるのではなく、
また、素材が伊勢神宮社殿と同じ木曽桧だから本物なのではありません。
それらは一つの要素です。
手にした人が、自宅の壁面に設置し、神社の御札を乗せ、手を合わせる。
その瞬間に答えがある、というか、その時、人を幸せにしているかどうかが、モダン神棚づくりにおいての本物なのではないかと思います。