暖かい日が続いています

 

1月は色々と忙しくしてたら、あっというまに2月も半ばです。

世間は相変わらずコロナでバタバタとしていますが、近所の桜の木はもう蕾をつけ始め、植物はいつもの年と変わらず、淡々とやるべきことをやっています。

蕾の膨らみ具合から見て、今年はかなり早咲きの予感です。昨今の気候変動には、桜の木も少し混乱しているのかもしれません。

"お天気の話題"というのは、無難なコミュニケーションのツールの一つでしたが、「今日は暖かいですね~」と始まった話が、うっかり気候変動という、主義主張の絡むデリケートな領域に入ってしまうと、最悪の場合、関係がギクシャクしてしまうと思うので、気をつけています。。

さて、その気候変動。

温暖化が起きている起きていないの議論はいまだ熱いものがありますが、目の逸らしようのない事実として、気候変動による自然災害の影響は拡大しており、多くの人にとって無視できない身近な問題になってきています。

温暖化に関しての科学的な話というのは専門家でも意見が分かれるくらいで、ホントのところどうなのかは素人には分かりません。

しかし温暖化が起きていようと起きていまいと、社会全体で取り組むべき問題だと思っています。というのは、環境問題には気候変動だけではなく森林破壊や海洋汚染も含まれていて、そこには「生き物の命を考える」という側面があるからです。それらの問題に人々がしっかりと向き合う事で、「命が大切にされている」と感じれる社会になると思うので、重要だと思います。

動物の命まで大切にされて、人の命は大切にされない、なんてことはあり得ず、当然ながら、命が大切にされている社会には「安心感」があると思います。それは例えば、コロナのような危機が来ても寒い路上に放り出される人が誰一人いない、といったような形で現れるものだと思うのですが、そんな安心感は、社会にとって経済が成長するよりも重要な事だと思っています。

甘ったるい話に聞こえるかもしれないですが、そんな安心感を求めることは、テクノロジーが発展し、食品や物が十分に行き渡るほど生産力がある現代は、本来、贅沢でも理想論でも何でもないはずです。

全ての人がそんな安心感を得て生活できるのが、成熟した社会や文明のあり方だと思うし、人が環境問題に向き合う事で、そこに近づける気がするので、自然は大切だと思ってます。

私たちは、自分たちのために地球環境に多くの犠牲を求めてきたわけですが、やり過ぎ感がありますよね。好き勝手にやり過ぎました。しかも変なのは、好き勝手に見えて実のところ多くの人は、やりたくてやってるわけではなく、お金のため生活のために破壊活動に加担してしまっているというのが現状です。それを否定することは自己否定にもつながりますので、現状を見るのは少し辛いものですが、けっこう限界まできているような気もします。

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自然から素材をいただいている当工房の祈り雲は、素朴な手仕事ではありますが、自然と人との関係が問われ、見直されつつある時代の中で、意味ある仕事に育てていけたらと思っています。